02


遊士が着付けされている間、政宗は呉服屋の主人に出された茶に口を付けながら待つ。

「今ごろ困惑してるかもな」

常に男物の着物を身に付けている遊士。そのせいで伊達軍の中でも遊士が女性だと知る者は少ない。

コトリと湯飲みを置いた政宗は懐に手を入れ、白い布をソッと取り出す。

折り畳まれたその布を左掌の上で広げれば、中から精巧な細工が施された鼈甲(べっこう)の簪が姿を現した。

「けど、あの姿じゃ使えねぇからな」

それは先日、遊士の視線の先にあった小間物屋で売っていた簪。

これだけ買ってプレゼントしても良かったが普段着が男物の着流しでは使うに使えねぇだろう。

きっと遊士もそう思ってあの時言わなかったのだ。

「さて、遊士はどんな顔して出てくるか」

遊士の女性らしい格好を見るのは政宗も初めてで、実は少しばかり楽しみにしていた。





程無くして奥から呉服屋の妻が出て来る。

「伊達様。お連れ様の着付け、終わりました」

その声に腰かけていた椅子から立ち上がり、政宗は背後を振り返る。

そこには、

髪を後頭部で結い上げ、政宗の選んだ鮮やかな青の着物を身に着けた女性がやや下を見つめて立っていた。

「…―遊士?」

「ん。…似合わねぇだろ」

化粧のせいではなく薄く色付いた頬に、紅を引いた唇がどこかぶっきらぼうに応えた。

それ以上先へと進まない遊士に政宗が優しげな瞳を向け、簪を持って近付く。

「いや、良く似合ってる。今まで見れなかったのが残念なぐらいだ」

そう言って目の前に立った政宗を遊士は僅かに持ち上げた視線で見返す。

「…本当に?」

「俺は世辞は言わねぇ。ほら、これも付けてやるから後ろ向け」

持ち上げられた政宗の手に見覚えのある簪が握られていて、遊士は目を見開いた。

「その簪…!」

「この間見てただろ?presentだ」

後ろ向け、と再度促され遊士は政宗の言葉を頭の中で反芻しながら後ろを向く。

ソッと髪に触れられる感触がし、簪が髪を通る。

「もしかしてこの着物もその為に?」

「Ya.嫌なら着流しに戻してもいいが…」

政宗が挿してくれた簪に手で触れ、遊士は恥ずかしさと嬉しさにほんのり目元を赤く染めた。

「…良い。せっかく政宗が用意してくれたんだし、簪だって…今日だけなら」

ふいと落ち着かなさげに視線を動かし、告げた遊士に政宗はOKと柔らかな声で頷く。

そして呉服屋の主人を呼ぶと一つ頼み事をした。

「夕刻には戻って来る。それまでコイツの着流しと刀、預かっといてくれ」

「はい、分かりました」

「どうぞ楽しんで来て下さいね」

遊士と政宗は呉服屋の夫妻に見送られ、店を後にした。







慣れない着物のせいか遊士の歩みは自然と遅くなる。

それに気付いてか、政宗は然り気無く歩く速度を合わせてくれた。

そんな些細な気遣いにさえ遊士は面映ゆくなり、誤魔化すように口を開いた。

「夕刻までなんて大丈夫なのか?」

「急ぎの書は済ませてあるし問題ねぇ。それより欲しいものがあったら今度はちゃんと言えよ」

ざわざわと人の行き交う町を二人は肩を並べて歩く。

通り過ぎた店の中からは元気の良い呼び込みの声が聞こえ、その隣の菓子屋の前では子供が母親に菓子をねだっている。

瀬戸物屋には職人の手作り作が並び、人を集めていた。

そんな賑わいをみせる店の中を何があるのかと興味を引かれて覗いたりと、二人はいつもよりゆっくりと城下を巡る。

「政宗」

「ん?」

いつしか遊士は立ち並ぶ店ではなく、右手の袖口を軽く掴み、胸の前に持ち上げて自身の身を包む着物を見つめていた。

「着物…ありがとな。次いつ着れるか分かんねぇけど、大切にする」

簪も、と髪を結い上げられ露になっている耳が赤く染まる。

照れ臭くて、目を見て言うことは出来ないけど嬉しかった。

そんな遊士の想いを違わず汲んだ政宗は前を見つめたまま柔らかい口調で返した。

「今日は成り行きで着せちまったが、お前が自然に着ても良いと思えるようになったらまた着ればいい。無理はするな」

「うん」

恥ずかしそうに小さく笑みを溢した遊士は、知らず周りの視線を集める。

「それに慣れねぇ着物で疲れただろ。茶屋で少し休憩してくか?」

「じゃぁ、ちょっとだけ」

けれど遊士はそんな視線にまったく気付かず、政宗に向けてはにかんだ笑みを溢したのだった。





end.

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